Wednesday, May 09, 2007

タンザニア滞在記:ザンジバル島~ストーンタウン編~

Mさんのアパートに1泊させていただき、次の日にザンジバル島へ。ザンジバルとは、インド洋の珊瑚礁に浮かぶ小さな島で、ココ椰子やマンゴーの林が広がる豊かな緑に恵まれた島。ザンジバルの中心はストーンタウンで、 19世紀、オマーン王国がストーンタウンにその王都を移したことから、当時の真っ白いアラブ風の建物や宮殿跡などが今でも残っています。私たちのハネムーンの目的は、島の東海岸でぼけーっとのんびりすることでしたが、せっかくなのでストーンタウンにも1泊して遺跡をまわってみることに。

ダルエスからザンジバルまでの飛行機は、12人乗りの超小型機でした。飛行機から見えたダルエス。













ザンジバルが見えてきました。














空港に降り立ち、早速タクシーの交渉。ザンジバルにはヨーロッパ系の観光客が多く、Tも私もぼったくりには気をつけるよう言われていました。乗り込んだタクシーはたまたまですがこれまでに見たことがないほどのオンボロ車で、ドアの内部が丸見えで、メーターの針はとれていて、座席もやぶれていて古いTシャツで覆われていました。そんな車なのに歩行者をひいてしまうのではないかと思えるほどの運転の荒さでしたが、無事にホテルには着きました。ホテルに着くまで、今日はこのあとどんなツアーを組もうかとか、明日は何時に迎えにいけばいいとか、頼んでもいないのにとにかくせっかくゲットした客を最大限活用しようとしていました。

ホテルは、ストーンタウンのド真ん中にあるアラブ風のホテルで、私たちが着いたときは停電中でした。最上階の5階まで懐中電灯を持ってのぼっていくと、私たちの部屋があり、その部屋のルーフトップからはストーンタウンの街や海が一望できました。ちなみにトイレも屋外という独特なアレンジ。

















荷物を置いて、早速ストーンタウンを散策することに。ストーンタウンは迷路のような複雑な細い道が特徴で、私たちは何度も迷ってしまいました。私が立ち止まって地図を開くと、子供たちが寄ってきて、「どこに行きたいの?」と聞くので場所を説明したら、「ついてきて」と道案内をしてくれました。彼らについていったら、最後に一番年上らしき男の子に、「Give me money(お金ちょうだい)」と言われました。私は最初なんと言ったのかわからず、え?と聞き返すと、「Give me money」と3回ほど言われ、囲まれた子供たちにじーっと見られました。案内してあげたんだからチップをよこせという意味で、確かに案内してもらったから仕方なく1ドル札をあげましたが、子供のときから外人を見たらお金をもらおうとすることに慣れてしまったら悲しいなと思いました。ストーンタウンには道端に暇そうに座っている人たちがたくさんいて、私たちが歩いているとついてきて、物を売ろうとしたり、ドルフィンツアーはどうだといったかんじでツアーを組もうとしたり、レストランに案内しようとしたり、なかなかしつこかったです。ザンジバルは観光以外の収入源がほとんどないので、仕事があまりないのだと思いますが、観光客が多いから島に来れば仕事があると勘違いして移り住む人も多いようです。

ストーンタウンはそこまで大きくないので、名所は1日で見てまわることが可能です。私たちは、オールド・アラブ砦(1710年頃アラブ人が建てた砦)、パレス博物館(オマーン王国の宮殿)、ハウス・オブ・ワンダー(式典用の宮殿)、大聖堂などを見てまわりました。大聖堂は、奴隷市場の跡地に建てられたもので、かつて奴隷たちを収容した地下室にも入れました。そのあまりにも狭い地下室に70人ずつ収容されたと聞いて、奴隷に対するひどい扱いようが感じ取れました。これが大聖堂。














地元のマーケット。


























ストーンタウンの街並み。























歩き疲れてくたくたになり、ホテルに戻りました。ちょうどホテルのルーフトップからは、超きれいな夕焼けを望むことができ、かなり癒されました。
夜は、Mさんが進めてくれたLiving Stoneというビーチの上で食べられるレストランで夕食をしました。あと、夕方になるとフォロダニ公園の浜辺に各種の屋台が出現するのですが、そこでもえびや貝の串焼きなどを食べました。Nちゃんお勧めのザンジバルピザは食べ損ねましたが、どれもこれもハエがたかっていて危険そうだったけどちゃんと目の前で焼いてもらったのでおなかをこわさなくてよかったです。

Tuesday, May 08, 2007

タンザニア滞在記:首都ダルエスサラームに到着!

キリマンジャロ山の上空を飛んで、ノルウェーを出てから20時間後に、タンザニアのダルエスサラームに到着。空港には、現地の日本大使館で働く大学院の先輩Mさんが車で迎えに来てくれていました。まずはスーツケース3個を置きにMさんのアパートへ。 Mさんのアパートは、インド洋が一望できるバルコニー付きの広くて素敵なお部屋でした。3ベッドルームそれぞれにバス・トイレが付いているのにもびっくり。Mさんの部屋から見えた夕焼けはこんなかんじ。













荷物を置かせていただき、3人で海の見えるレストランでランチ。気温が30度くらいでも潮風が吹いていて気持ちよかったです。おなかがいっぱいになった後、ワシントンDCのNちゃんが勧めてくれたティンガティンガ村へ。ティンガティンガとは、タンザニアの代表的な絵画で、動物や植物などの自然が描かれます。この村で職人と訓練生が独特な絵を描いて、展示・即売しています。私たちもアフリカンダンスの絵とキリンの絵を購入。































その後、おみやげ物を売るお店が集まっている地区へ。平日の昼間だったからか私たち以外にお客さんがいる様子はなく、うちの店にきてくれと声をかけてくる人たちにずっと付きまとわれました。サラダなどに使えそうな木のボールが気に入ったので購入。ティンガティンガのときもそうでしたが、最初は必ず相場より高い値段を言ってきて、私がじゃあいらないというと値段が半額になったりしました。

ダルエスには、高いビルはありましたがそこまで多くなく、きちんと舗装された道路とがたがたの道路の差が激しかったです。停電がしょっちゅう起きるので、機能していない信号をいくつも見かけました。夜の運転は特に、電灯が少ないので危ないなあと思いました。車が歩行者におかまいなくびゅんびゅん走り、土埃がひどかったです。

















夜は、キリマンジャロ・ホテルのアジアン・レストランで、Mさんに“結婚祝い”ということでお寿司などをご馳走になってしまいました。海が近いということもあって、シーフードが美味しかったです。まさかタンザニアでこんなに美味しいタイの薄造りを食べられるとは思ってもいませんでした。Tは現地のキリマンジャロビールやサファリビールが気に入った様子。すごく素敵なレストランで大満足でした。

Monday, May 07, 2007

アムステルダム半日観光

ノルウェーでの1週間は毎日内容が濃くてあっという間でした。しかもたまたま晴天に恵まれたおかげで、私の家族も短い滞在をめいいっぱい楽しんでくれたようです。ノルウェーでの出来事は他にもたくさんあるのですが、タンザニアについて記憶がフレッシュなうちに書かないと忘れてしまうのでとりあえずノルウェー滞在記は以上です。

ノルウェーからタンザニアへは、KLMでアムステルダムとナイロビを経由しました。アムステルダムでは待ち時間が7時間もあったので、せっかくなのでダウンタウンを観光することに。街の中心地へは、空港から電車に乗って10分くらいで着いてしまいます。オランダといえばチューリップ、チーズ、風車。そしてその首都アムステルダムといえば中央駅を中心に市内に網の目状に広がる運河が有名ですが、私たちが観光した日は雨が降っていて運河がどんよりして見えました。あと、この街はフラットなので自転車に乗る人が多いことでも知られていて、私は最初自転車用と歩行者用の通路が分かれていることに気づかずに、自転車用の通路を歩いてしまい危なかったです。自転車を利用する人が多いことは健康的で環境にも優しいので車に依存しているアメリカ社会も見習うべきだな~と思ったりしました。

Tは今や観光地となっているアンネ・フランクの家には行ったことがあるし雨が降っているからということで、オランダ最大のアムステルダム国立博物館に行きました。焼陶器やレンブラントの絵画などを見ながら少しだけオランダの歴史を感じることができました。こちらが街の中心にあるダム広場の写真(王宮と戦没者慰霊塔)。








Saturday, May 05, 2007

ノルウェー滞在記:2度目の結婚式

いよいよオスロでの結婚式の日がやってきました。私は12時にヘア&メイクアップのためサロンへ。ここから午後4時のセレモニー開始まで(つまりバージンロードを歩くまで)花嫁は花婿にその姿を見られてはいけないことになっています。なので、午後3時頃、Tの母、叔父、妹が車でサロンまで迎えに来てくれました。 なんと、その車は映画007シリーズで何度もボンドカーとして登場したことで有名な1950年代もののアストン・マーティン。(車には詳しくないですが今売ると数千万円の価値らしい。)Tの叔父さんが大の車好きで、すごくレアな車を集めていてそのうちの一台を私たちの結婚式のために出動させてくれたのです。しかも、車の先端にはTの叔母さん手作りの日本とノルウェーの国旗が(!)














私たちは予定より早めに教会に着いてしまいました。実は私もTもクリスチャンではないのですが、ノルウェーの国教はキリスト教で伝統的な結婚式は教会で執り行われるので、私たちもその国の慣習に従うことにしました。その教会は、Tの両親も結婚式を挙げた場所で、800年の歴史がある伝統的な教会です。














ゲストが会場に入ったのをTの妹が見計らって、私も裏から教会に入りました。待機所には、左胸のポケットに一輪のバラを付けた父が待っていました。私は父が緊張しすぎてバージンロードを歩くときにロボットのように歩いてしまうのではないかと心配していましたが、父は大して緊張していない様子。そういえば、昨年の日本のパーティに入場するとき私はすごーく緊張したのに、今回は大して緊張していないな~なんて冷静に考えたりしました。(ゲストが外国人ばかりだから?)二人で歩く練習もなにもせず、いきなり本番へ。

4時になり、教会のスタッフからサインが出て、オルガンの音色が鳴り響く中、父と腕を組んで入場しました。私は結婚式の音楽を聞くだけで涙が出そうになるのですが、今回は絶対に泣かないぞと決めていたので、楽しいことを頭に思い浮かべて笑顔で歩けました。教会には、Tの母がサプライズで、ハープ奏者をアレンジしてくれていて、その演奏は本当に素晴らしかったです。













途中何度も涙が出そうになりましたが、順調にこらえながらいよいよ誓いの場面へ。牧師さんの言葉に対して、Tが「Yes, I do」と言った瞬間に、誓いの内容に感動したのかTがYesと言ってくれたことに対して嬉しかったのか何なのかよくわかりませんが、これまでこらえていた涙がごーっと出てきてしまい、私が「Yes, I do」を言う番では声が震えてしまいました。(泣かないと決めていたんですけどね・・・)













式が滞りなく終わり、二人で腕を組んで退場し、教会の外でゲストからの祝福を受け、たくさん写真を撮りました。そういえば、そのとき親戚の方からお米を投げられましたが、これは“実り多い人生を”との祝福の意味だそうです。日本だと花びらを投げるフラワーシャワーが一般的になってきていますよね。こちらではライスシャワーのほうが普通なのかな。

その後、二人であの国旗付きのアストン・マーティンに乗り披露宴会場へ。途中何度も「おめでとう」のクラクションを鳴らす車に遭遇し(車の後ろに「Just Married」の紙が貼ってあったので)、運転手の叔父さんがクラクションを鳴らし返していて、面白かったです。披露宴会場はノルウェーらしい木で出来た温かみのある建物で、Tの母がアレンジしてくれたお花もきれいに飾られていました。













日本の披露宴では家族は後ろのはじの方に追いやられてしまいますが、ノルウェーでは家族は全員一番前の席に座ります。料理はノルウェーの海の幸を生かしたフレンチのフルコースで、メインはラム料理。日本の披露宴で料理をたらふくたいらげる新郎新婦なんて見たことがないと思いますが、私たちは一品一品ワインとともにすべて美味しくいただいてしまいました(笑)料理が運ばれてくる合間に、スピーチや余興があり、感動したり大笑いしたりの連続でした。私の両親も英語でのスピーチにチャレンジしていました



















食事を終え、暖炉のある部屋に移り、休憩。定番のケーキカットをした後は、ダンスタイム。私もTも一切準備をしていなかっただけに、ボールルームダンスのステップなどさっぱりわかりませんでしたが、なんとかごまかしながら乗り切りました。その後は、DJがヒップホップやR&Bなどの若者向けの音楽に切り替え、会場内にもバーが設置され、飲んで踊って大盛り上がりでした。結局午前2時頃までパーティは続きました(長い1日だった!)。驚いたことに、Tの親戚は午後10時か11時頃には帰って結局若者だけが最後まで残るのかと思いきや、50歳を過ぎたおばさん・おじさんたちも最後まで楽しそうに踊っていて、更に驚いたことには、Tの85歳のおじいちゃんが午前2時になっても私たちと一緒に会場に残り踊っていたことです。おばあちゃんは疲れてすでにホテルの部屋で寝ていましたが、85歳であのエネルギーはすごいな~と感心せざるを得ませんでした。アメリカ人の友達の中であのノルウェー人のおじいちゃんは伝説になっています。

とにかく、何もかも予定通り順調に進んで、無事にパーティを終えることができてほっとしました。これもすべてTの家族の力強いサポートのおかげです。特にTの母のサポートなしでは、ここまで素敵で楽しいパーティは実現できなかったと思います。そして、私の家族とTの家族の親交も深まり、私もTも嬉しい限りです。皆さんはるばるノルウェーまできてくれてありがとうね。日本でのパーティでも感じましたが、ゲストの皆さんからいただいた祝福に恥じることのないよう、どんなときも二人で支えあって夫婦愛を大事にはぐくんでいこうと改めて思いました。

Thursday, May 03, 2007

ノルウェー滞在記:フィヨルドツアー!

本日は、楽しみにしてきたフィヨルド観光の日。大自然の国ノルウェーといえば、フィヨルドは見逃せません!ノルウェーのフィヨルドは世界に類を見ない規模で、なかでもガイランゲンフィヨルド、ソグネフィヨルド、ハダンゲンフィヨルド、リーセフィヨルドは四大フィヨルドと呼ばれていて観光客に人気のスポットです。私自身今回初めてのフィヨルド観光。事前に、フィヨルドツアーのウェブサイトで、四大フィヨルドの一つ、世界で最大最長のソグネフィヨルドの景観が楽しめるベルゲンからオスロまでのツアーを予約しておきました。コースは以下のとおり:ベルゲン(列車)→ヴォス(バス)→グドヴァンゲン(フェリー)→フロム(フロム鉄道)→ミュールダール(列車)→オスロ。

ちなみに、簡単にフィヨルドについてご説明すると、フィヨルドはノルウェー語で「内陸部へ深く入り込んだ湾」という意味。フィヨルドはおよそ100万年前の氷河期に生まれたものといわれています。当時スカンディナビアを覆っていた氷河が動きながら、その重みで山肌を削り、深い谷間を作り、河床を掘り下げていったところに、氷河期が終わったあと、海水が流れ込み、現在見られるような入江が形成されたものがフィヨルド、というわけです。

8時40分ベルゲン発の列車に乗り込んで、いよいよノルウェー横断の旅開始。ヴォスまでの車窓の風景はこんなかんじ↓ノルウェーらしいうろこ屋根やオレンジ色、えんじ色に塗られた外壁の家々が車窓に広がります。













1時間もすると、山や川や湖などの、豊かな自然の風景に変わっていきました。 車窓からの眺めは本当にきれいで、姪も「見て見てー!うわぁ~きれいね~」 の連続。










ヴォスからグドヴァンゲンまでのバスは、かなり険しい山道を走りました。道はバスが1台しか通れないような狭さなので、ハラハラする場面もあり。休憩所で止まる山頂からの大パノラマは、深く狭い谷と背後の山のコントラストがきれいです。


















グドヴァンゲンからフロムまでのフェリーは、フィヨルド観光のハイライト。船が切り立った山々の間を約2時間に渡って航行します。船のまわりを飛んでいるカモメがダイナミックな自然の景色を一層引き立てます。これがフィヨルドか~とため息がでるほど、水面に映るフィヨルドは絶景でした。このような手つかずの自然が残っていることは本当に貴重だと思いました。山肌にはいくつもの滝が。とにかく良い天気にめぐまれたおかげで、デッキに座っていろいろな風景を鮮やかに楽しむことができました。フィヨルド沿いにはかわいらしい小さな家々が点々とあり、こんなところに住んでいて不便じゃないのかなぁと純粋に思ってしまいました。空気は美味しそうですが。















フェリーでフロムに到着。そこでランチをしました。(ハンバーガーセットがなんと2,000円・・・。)そこから、今度は1940年に開通した登山列車フロム鉄道に乗ります。路線の標高差は866mで、20Kmの距離を約1時間かけて走行します。一番の見物は、ショースの滝。写真撮影のため電車が一時停止します。滝がすごく近く、水しぶきが飛んできてかなりの迫力でした。

ミュールダールに到着した頃には、みんなお疲れの様子。そこから列車に乗り、オスロまで5時間かけて帰りました。オスロに到着したのは22時30分。丸々1日かけてのフィヨルド観光でしたが、巨大な山と海が生み出す壮大な景色を思う存分満喫できました。これはノルウェーに観光に来る人に是非お勧めしたいコースです!もし時間があるなら、ルート途中の街で1泊して大自然の中でカヌー、ラフティング、釣り、ハイキングなどのアクティブティを楽しむのも良さそうです。

Wednesday, May 02, 2007

ノルウェー滞在記:ノルウェー第2の都市ベルゲンへ

ノルウェーに来てから4日目。オリジナルの家族が全員そろったところで、予定通りノルウェー第2の規模を持つ都市ベルゲンへ向かいます。オスロから飛行機でたったの40分でベルゲンに到着。ベルゲンは港町で、12~13世紀はノルウェーの首都だったこともあり、街並みは中世ハンザ都市の面影を残しています。街には狭い石畳の通りが多く、そこにお店がずらっと立ち並んでいました。すごく小さな街ですが、山と海に囲まれていてきれいで趣きがあります。まず、ベルゲンといえばユネスコの世界遺産に登録されているブリッゲン地区が有名とのことだったので、そのカラフルな三角屋根の木造家屋を見に行きました。













あと、湾に面した広場にあるフィッシュマーケット(魚市場)もベルゲンのシンボルだそうです。その場ですぐ食べるなら塩ゆでのエビやスモークサーモンのサンドイッチなどが新鮮でおいしいみたいです。(私たちは食べませんでしたが。)なんとこんなところで日本語を発見!ノルウェーに、しかもオスロではなくてベルゲンに、日本人観光客が来るものかな~なんて不思議に思ってしまいました(自分たちは棚に上げて。。。)













その後、ケーブルカーで標高320mのフロンエン山の頂上へ。













そこからベルゲンの街が一望できるのですが、思わず喚声を上げてしまったほど絶景でした。この写真だとその良さが伝わらないのですが。。。 夜景もきれいなようです。













頂上でアイスクリームを食べてのんびりと山頂からの景色を楽しんだ後、ケーブルカーで街に戻り、湖のまわりをぶらぶら散歩しました。湖畔には、牡丹桜がきれいに咲いていました。













夜は、Tが予約してくれた北欧料理が食べられるというレストラン“Naboen”で夕食をしました。レストランの雰囲気も良く、シーフードやミートボールやラム肉などどれもこれも美味しかったです。食事が終わるころ、前々から母には内緒で企画していた母の退職祝いを実行することに。といっても、家族でお金を出し合って買ったダイアモンドのネックレスをプレゼントするだけなんですが、兄弟を代表して長女の姉がこれまでお疲れ様でしたといってプレゼントを渡すと母はまたもや泣きそうになっていました。父がさりげなく母のほしいものを探っていたので、喜んでもらえてよかったです。(ネックレス、いらなくなったら私がほしい・・・)

ホテルでは、どの部屋もドアを開けっ放しであっちこっちの部屋に行ったりきたりで久々にオリジナルの家族が揃っての旅行を楽しめた気がします。7人全員が揃って旅行するなんて何年ぶりだろう??まさかうちの家族で遠い遠い北欧の国ノルウェーを旅することになるとは、誰ひとり(私も)予期していなかったと思います(笑)両親は家族が増えていくのを楽しんでくれているようです。それにしても改めて、自分がノルウェー人の妻であることを考えると本当に人生何が起こるかわかりません。

Friday, April 27, 2007

Wedding in Norway & Honeymoon in Tanzania

明日から、2週間休暇をとって現実逃避してきます。前半の1週間はノルウェーで過ごし、オスロで結婚式を挙げたあと(すでに日本で入籍&パーティをしましたが、、、)、後半の1週間はタンザニアにハネムーンに行ってきます。ノルウェーには私の家族が全員日本からはるばる集結するので、9人乗りのレンタカーでは足りず結局車2台での移動になりそうです。これでもし妹2人も結婚してそれぞれに子供ができたりしたら家族旅行は人類大移動並みだな~なんて思ったりします。しかも、嬉しいことに、同じ大学院時代を共に過ごした私たちの仲間5名が、わざわざ結婚式に来てくれるのです!飛行機代が結構かかるので期待していなかっただけに、これはサプライズでした(昨日のサプライズパーティにも来てくれた)。というわけで、結婚式前夜はノルウェー人もアメリカ人も含めみんなでダウンタウンのクラブに繰り出すこと決定。ノルウェーでは、ベルゲンという世界遺産に登録されているノルウェー第2の都市に行き、みんなで列車やフェリーを乗り継ぐフィヨルドツアーに参加する予定です。式&パーティの準備は、Tの家族がすべてやってくれていて、すごく有難いです。招待状、ヘア&メーク、ブーケ、会場装花、ケーキ、料理、DJ、カメラマン、などなど、私たちはノータッチ状態でTのお母さんに全部任せっぱなし・・・。Tのお母さんは日本でのパーティ&私の家族のおもてなしに感動したらしく、今度はノルウェーで私の家族を喜ばせたいとのことで、披露宴が行われるレストランのシェフはヨーロッパの料理コンテストで賞をとった人でいろんな高級食材を使うだとか、花屋さんは毎週テレビに出演しているプロだとか、私とTはへ~すごいね~といったかんじでまるで他人事のようです・・・。ノルウェーに行ったら実感が湧いてくるのかな。ひとつだけ心配なのは、当日のヘア&メーク。日本人じゃない人にしてもらうのはちょっと不安。ノルウェー人好みのメークがアジア人の私に果たして合うのだろうか。。。ノルウェーでの案内役&通訳&花嫁の任務を終えた後は、アムステルダム・ナイロビ経由でアフリカ・タンザニアへ飛び、ザンジバルという島でぼけーっとのんびりする予定です。現地の日本大使館で働く大学院の先輩Mさんとの再会も楽しみです!それでは、2週間後にまた旅行記を(バージョンアップした写真と共に)載せたいと思います。

Thursday, April 26, 2007

サプライズ

今日はTと、大学院の同級生で2年前に結婚したカップルと4人で、彼らのおうちでディナーをする日。彼らはつい最近子犬を飼い始めたので、生まれて数ヶ月の子犬にも初対面できるし楽しみだね~と午後7時半頃ワインを持参しデュポン・サークルの彼らのアパートへ。インターホンを押して、中に入って、「ようこそ~」「今日はありがと~」「きゃーわんちゃんかわいいね~」なんて会話をしていたら、突然「サプラ~イズ!!」の掛け声とともに大学院時代のいつもの仲間たちが奥の部屋からぞろぞろと登場してきたんです。私もTもあっけにとられて、「え?なになに?今日は4人でディナーじゃなかったの?」と最初とまどいましたが、みんなからのハグを受けながら私たちの結婚祝いだということに気づきました。実は、すでに日本で入籍も結婚パーティもしていますが、来週Tの母国ノルウェーでも結婚パーティをすることになっていて、ノルウェーまでは行けないから出発前にDCで祝おうという案が彼らの間でメールで回っていたらしく、それがこのようなみんなが集まれる平日のサプライズ・パーティ開催につながったようです。みんな仕事で忙しいのに、料理やケーキなどを準備してくれていて、素直に感動してしまいました。本当にありがたいです。このささやかな喜びを胸にこれからもがんばっていこうという気になれました。サプライズのお祝いって素敵だなぁと改めて実感。みんなに恩返しができるといいな。

Sunday, April 22, 2007

銃社会アメリカ

皆様もご存知のバージニア・テックの銃乱射事件。これだけ銃規制の緩い国に住んでいる私たちもいつ事件に巻き込まれてもおかしくないので恐ろしいと思うのが自然だと思いますが、私はそれ以上に「またか」という失望とこれだけ数多くの銃関連事件が起きても銃規制をしないアメリカに対する憤りを感じます。ちょうどワシントンDCに初めて来た頃に起こった連続狙撃事件を思い出しました。

なぜアメリカは銃を手放せないのか。アメリカ憲法第2条では、「武器を所持する権利」を明確に保証しています。つまり、アメリカが独立戦争を勝ち抜いて晴れて新たな国家を成立させたときの、自由と民主主義を今後も守り続けるためには武装しても良いという決まりごとが、今も変わらず残っているのです(注:この条文の解釈は、民兵の武装に適用されるだけという説と、個人レベルにも適用されるという説に分かれている)。アメリカの銃社会を象徴する全米ライフル協会(NRA)は、この憲法第2条の「武器を所持する権利」は個人にも認められていると主張し、それを根拠に銃規制に反対しています。このNRAは銃愛好家の拠り所でもあり、政治的な発言力が強いのも事実です。(数年前に話題になったマイク・ムーアのドキュメンタリー映画「ボーリング・フォー・コロンバイ」はアメリカの銃社会/NRAの実態をクリティカルに描いています。)

市民が武器を所持する権利を認めるのは構いませんが、厳しい銃規制は絶対に行われるべきです。Tとも話していたのですが、アメリカでも日本やノルウェーのような銃を保持するための厳しい手続きや試験などを導入すべきです。今回の事件の容疑者は、犯行に使った2丁の銃のうち1丁をインターネットで、もう1丁を大学近くの銃器店で1時間足らずで購入したそうです。そんな簡単に銃が購入できるなんておかしいとしか思えません。銃撃事件は日本でも起こっているので完全にはなくならないのでしょうが、規制がとられれば犠牲者の数が減ることは間違いないと思います。

最後に。事件が起きてから1週間が経ちますが、毎日ニュースではバージニア・テックの事件が取り上げられていて、犠牲者や残された遺族のコメントを見ていると胸が痛くなります。30数名の命が一瞬にして奪われて1週間経っても騒ぎは収まりません。私はニュースを見ていて、今回の事件に動揺しているアメリカ社会が、イラクではアメリカによる攻撃と内戦によって30数名どころかもっとずっと多くの人命が失われているという事実にも同じくらい敏感になってほしいと思いました。

Saturday, April 21, 2007

ニューカメラ!

毎年4月15日はアメリカの税金の確定申告最終日。日本では会社が全てやってくれるので一般の人は自分で支払うべき税金を計算するということには縁がないと思いますが、こちらは自分で計算&確定申告をしなければなりません。先月末に夫が計算したら、なんと昨年20万円くらい多く払っていたので戻ってくるとのこと。早速、戻ってきたその資金を使って新しいカメラを買っちゃいました!以前からハネムーンに行く前に一眼レフを買おうと話していたのです。しかも夫は海外出張が多いので、せっかく珍しい国に行けるからもっといい写真が撮りたいとのことで、金曜にNikonのD80をネットで購入し、次の日に早速届きました。私のデジカメもまだ充分使えますが、やっぱりこれは写真の質のレベルが違います!といっても私には複雑すぎて使い方がよくわからない・・・。今週末は気温がぐっと上がってすごーく素敵な天気だったので、またスミソニアンまで散歩してきました。新しいカメラに大喜びのTは単なる近所の散歩に100枚も写真を撮っていました・・・。

Friday, April 20, 2007

今の仕事

私は現在所属する組織でリサーチがメインの仕事をやっているわけですが、優秀な人たちに囲まれて学ぶことが多い反面、自分の知識や能力が追いつかずついつい凹んでしまうことがあります。先日、チームのイギリス人(確かオックスフォードかどっかで経済学の博士号を取得後1970年代に世銀のヤングプロフェッショナルプログラムという超難関の採用試験を通って入ってきた人ですでに退職しているがこうしてプロジェクトベースで働いている)から、ワードで10ページくらいのペーパーが届き、「CHIE、あとはよろしく頼む。O段落目とO段落目をもうすこし膨らませて(expand)してくれないかな。あと、OOOのデータを見つけてどこどこに挿入(insert)して、ストーリーラインに矛盾点がないかどうか確認してくれ」との依頼があったんです。うわ~今はタスクマネージャーから依頼されているペーパーも終わっていないのに、、、と思ってもこれは大事な任務なので早速ペーパーを読んでみると、なんとも素晴らしい出来栄えで、私から言わせればかんっぺきな文章でこれ以上なにを加えればいいんだ・・・?と途方に暮れてしまったわけです。でも、なんとかして自分の付加価値を加えなければならないので、私の限られた能力を最大限に使って新たなデータやコメントを加えたりしながら書き上げました。まあ、それは無事に感謝もしてもらえてなんとか乗り切ることができたわけですが、やっぱり自分に足りないものは何かというと、特に次の2点だと思います。①ボキャブラリー:日常会話に問題はなくても、普段使っている単語の幅が狭いし、難しい用語や専門的な用語に対する知識が乏しい・・・〔改善方法〕ひたすら本を読む。テレビ・映画・ドキュメンタリーを見る。人と話すときは違う言い回しを使ってみる。②分析能力(analytical skill):ペーパーを記述的に(descriptive)書くことは得意ですが、自分にはそれを分析的に(analytical)書く能力がまだまだ足りないと思うんです。〔改善方法〕物事を理解するときは、なるべく既成概念/stereotypeを取り払って、その良し悪し/pro&conの両面を考えてみる。人と議論してみる。

そういえば大学院の授業で、critical thinking(批評的思考)やlogical thinking(論理的思考)といった授業があったのですが、今思えばそういうトレーニングができる授業も履修しておけばよかったな~と思います。今は修行の身ですが、早く自分の欠点を改善していけるよう普段から心がけたいと思います。

Monday, April 09, 2007

サクラ

ワシントンDCにも桜の季節がやってきました!と書こうと思っていたら、あっという間に散ってしまいました。。。ちなみにDCのソメイヨシノは日本が95年前に寄贈したもので、この時期は全米からポトマック河畔の桜並木を目当てに観光客が集まります。3月末にスミソニアンの桜が満開してようやく春到来!と思ったら、数日前から再び寒くなり気温は常に10度以下。土曜日は、友達が誘ってくれたお花見に行く予定が極寒のため中止になり、結局ホワイトハウスの隣にあるOld Ebbits Grillというレストランでみんなでブランチしました。Tはトリニダード・トバゴに出張していて今年の桜を逃す羽目に。。。(しかもこんな寒いDCに誤ってTシャツと短パンで帰ってきた。)でも4月になったということで、今年のではないですが学生時代に撮った桜の写真を載せちゃいます。来年こそはTidal Basinでお花見がしたい!

Friday, March 30, 2007

家族

私は横浜生まれの横浜育ちです。家族構成は以下のとおり:父・母・姉・兄・私・妹・妹。つまりこのご時世では珍しい5人兄弟のド真ん中でたくましく育てられました。自分は妹でもあり姉でもあるので、甘えるが面倒も見るという両面をバランス良く持っているような気がします。私がこの家族に生まれてラッキーだなと思えるのは、両親が結婚して35年以上経った今でもラブラブなことと、子供に対する愛情が深いことと、兄弟姉妹の仲が良いことです。あと、兄弟姉妹が多かったので自然とシェアすることや我慢することの大切さを学べた気がします。子供のときは、洋服などの「お下がり」やお菓子を5つに分けないとならないことがいやなこともありましたが、これを食べたら妹が悲しい思いをして多分大泣きするな、などと子供ながらにも、自分の行為が相手に対してどういう影響を与えるかということを毎日考えさせる環境にあったと思います。そういう意味でも、子供同士のぶつかり合いは大事だったんだな~と今になって思います。あと兄弟が多いのはとにかく楽しいです。家族旅行も家でのゲームも公園で遊ぶのも学校の運動会も家族が多ければ多いほど楽しいと思います。(けんかもいっぱいしましたけど^^;)今おもえば、同じ小学校に兄や妹がいたのも心強かったですし、運動会のリレーの選手やマラソン大会や水泳大会などで家族の誰かが活躍するとすごく誇らしかったりしたなあと、懐かしいです。

私の両親は共働きでありながら、よく5人も育てたな~と思います。私が言うのもおかしな話ですが、私の両親は世界一立派な両親だと思います。よく働き、自分たちの余暇はかまわずに子供たちの教育には一寸の惜しみなく投資してくれました。その母が、この3月で小学校の校長を退職しました。昨日教育長から退職辞令と表彰状や感謝状をもらったそうです。母のメールからの抜粋→「退職数日前から、胸いっぱいになってしまうことがありました。教職員を前に挨拶をしているとき、「親に健康な身体を産んでくれたのに感謝しています。あと、家族の協力に感謝です。」と言ったら家族の顔が急に浮かんできて、泣き出してしまいました。そんなつもりではなかったのであとは、何を言ったのか???」(これで私が涙もろいのは母似ということがわかっていただけると思います。笑)22歳から60歳まで(年齢ばらしちゃってごめんね^^;)5人を生んで育てながら38年間学校の先生として休みなく働き、最後の10年間は管理職に就いて最後まで教育に情熱を燃やした母は、ノーベル賞(?)をもらってもいいくらい社会に貢献したと思います。母がここまでがんばってこられたのも、経営者の一人として忙しいながらも家事を一緒にして常に母をサポートしてきた父の存在があったからだと思います(ちなみに私の父も料理が得意です)。退職後はゆっくりすればいいのにと思いますが、母は4月からの再就職も決まっているみたいなので、体には無理をせず今度は趣味と両立させながらゆったりとした生活を送ってほしいと思っています。(英会話もがんばってね!)それにしても私の母がもう“学校の先生”じゃなくなるのは感慨深い・・・。これからは5人でいっぱい親孝行するのでお楽しみに!(以上、両親に対する感謝の念を込めて。)

Tuesday, March 20, 2007

自己PR

約2ヶ月前に受けたポジションの結果を本日受け取りました。メールに“Unfortunately”を見た瞬間、ああだめだったかーとがっくり。。。最後の二人にまで選ばれたと聞いていただけに、ショック大です。このポジションは現在所属している国際機関の民間開発部門で、途上国向けのローンやエクイティファイナンスを管理している部署のアナリストでした。1月中旬に知り合いの方にこの空席について伺い、早速応募してみたところ、面接に呼ばれ、合計9人の部署の方々と面接をし、2時間半に及ぶ金融の試験を受けました。奇跡的にそれらを通過し、その後最終面接に呼ばれ、部署のディレクターとシニアマネジャーと面接。緊張しすぎてどもってしまいましたが、質問にはちゃんと答えたつもりでした。熱意も伝えたつもりだったのですが結果はだめでした・・・。やっぱり私は自分を売り込む&強い印象を与えるのが下手だなと感じます。アメリカ人はどうしてあんなに自信が持てるんだろうと不思議に思ってしまうくらい、自己PRが上手な人が多い気がします。私にはどうしても「私を採らなかったら損するよ!」という勢いが足りないようです。もちろんそれ以前に経験も知識もまだまだ未熟ですが・・・。今回は本当に残念でしたが、良い訓練になったしこのポジションはあまり海外に出張がなさそうだったし・・・とプラスにとらえて今後もチャレンジし続けるのみです。面接は場数を踏んだら慣れそうですし。(といってもあまりたくさんは経験したくないのですが。。。)

明日は私が関わっているプロジェクトに関してチリ政府とのビデオ・カンファレンスです。スペイン語のディスカッションにはまた入れないんだろうなあと胃がキリキリと痛くなりそうですが、毎週火曜日はUSDAのスペイン語クラスを履修しているので、今から気をとりなおして授業に行ってきます。

Sunday, March 18, 2007

料理の鉄人?

本日のディナー。
モンクフィッシュ(Monkfish:アンコウ)をプロシート(Prosciutto:イタリアのハム)で包んだメインディッシュ&サイドディッシュにポテト・パースニップ(Parsnip:白いにんじん)・フェネル(Fennel:セリ科の植物)をタイム(Thym:シソ科のハーブ)と和えてオーブンでローストしたものと、チンゲン菜のガーリック・オイスターソースいため。メインのソースもすべて夫の手作りで、モンクフィッシュにまぶしてあるペストソースもバジル・松の実・ガーリック・オリーブオイル・パルメザンチーズを混ぜて作っていました。何年か経ったらこういう料理に飽きるのかもしれませんが新鮮なうちに写真をぱちり。Tの料理にかける情熱はすごいです・・・シェフになれば?と思ってしまうほど。それにしても食べ過ぎた・・・。下の写真はバレンタインの日に作ってくれたダック、スイートポテト、マッシュルーム、アスパラガスの料理。盛り付けにも本当にこります。私が作る和食は一般的なもので見栄えが大してよくないので写真をとるほどでもなし。。。

Saturday, March 17, 2007

日本語の難しさ

5月にノルウェーで私の家族と再会するということで、Tが日本語を勉強していますが、やはり日本語は世界で最も複雑な言語のひとつだと再認識させられます。まず、Tが混乱しているのはものの数え方(助数詞)の多さ。英語では、“One”で済むところが、日本語だと一足、一枚、一本、一個、など、“いち”のあとに付く助数詞が多すぎて覚えられないとのこと。確かに、私は恥ずかしながらたんすは一棹(さお)など、めちゃいけの数取り団(ブンブンブブブン)で知ったような・・・。あと、英語では“Wear”ひとつで済むところが、日本語だと(洋服を)着る、(帽子を)かぶる、(靴下を)履く、(めがねを)かける、(コンタクトレンズを)つける、と動詞の表現がすべて違いますよね。敬語や助詞(「が」「を」「に」「~けれども(けれど/けど)」、「~から」、「~のに」、「~(だ)し」)などの使い方も更なる混乱を招いているようです。(私も聞かれてもうまく説明できず--;)投げ出したくなる気持ちもわかります。。。私もスペイン語の動詞の活用がいつまでたってもマスターできません・・・言語を学ぶって本当にムズカシイ。

今日はSt Patrick's Day(セイントパトリックスデイ)というアイルランドの祝祭日。アメリカのアイルランド系の移民が多い都市ではアイルランドのシンボルカラー・グリーンを身に付けてパレードをしたりアイリッシュパブでお祝いしたりするようですが、DCでもあちらこちらでイベントが行われています。今晩は気合いを入れて3つのパーティをハシゴする予定。DCでは一昨日の昼間20℃まで気温があがってやっと春がきたかと思ったら、その日のうちに一気に寒くなり現在は1℃。早くスミソニアンの桜が満開になる季節がきてほしいです。

Sunday, March 11, 2007

貴重な食材

昨日友達カップルと4人でヴァージニアにあるアジア系スーパーマーケット・Hマートに行ってきました。Tが3年前にデュポンに引っ越してから車を売ってしまって以来、私たちが愛用しているのがZipcarというレンタカーサービス。Zipcarは店舗を持っていないレンタカー会社で、常にオンラインで予約し、指定の駐車場に停めてある車を自分でピックアップして(会員カードで車のロックを開けると鍵が中に入っている)、予約の時間内に元に戻すというシステムで、2000年に創業してから急成長しているビジネスのようです。ボストンで始まり、DC、NY、カリフォルニアへと拡大し、カナダやロンドンでもサービスを開始しています。Zipcar専用の車はワシントンDCのいたる所に停めてあり、私たちの家の近くにもZipcarの駐車場が3~4箇所あって1時間9ドルで借りられるので、気が向いたらぱっと予約して空きの車さえあればボルチモアなどに急遽遠出することも可能だったりします。非常に便利なサービスです。ワシントンDC市内で車を維持するのは郊外のバージニアやメリーランドなどに比べると結構高くなってしまうので、今のところZipcarでなんとか間に合っています。

ただ、アジア系の食材が買えるところとなるとメトロ圏内では充実したお店がありません。というわけで、4人でレンタカーをしてDCから走ること30分、DC周辺では一番大きいアジア系のスーパーに行って貴重な食材をたくさん買い込んできました。普段お目にかかれない野菜や麺類や調味料を大量購入。欲しいものをリストアップしたにも関わらず、ラー油とポン酢とコンブを買い忘れてしまいました。。。それでも、今週末はキンピラゴボウやニラと納豆のお好み焼きやこんにゃくと大根と蓮根の煮物などを約2ヶ月ぶりに味わえて大満足。野菜が冷凍できればいいのになあ~。というか、DC市内のスーパーのお野菜の種類がもっと増えてくれないかなぁ・・・

最近は、料理好きの夫に負けじと両親が送ってくれた料理本を活用してレパートリーを増やそうと心がけています。あと、友達に教えてもらったクックパッドのレシピもかなり愛用しています。Tがそばとうどんが好きなのでいろんなアレンジをしてみたり。あと家で働いているとついついお菓子作りを始めてしまい、クッキーやマフィンばかりでなくシフォンケーキやチーズケーキも作りたいなと思っているのですがアメリカで売られているケーキ型が日本のものよりひとまわりもふたまわりも大きいので、これを二人でたいらげたら確実に太るからやっぱりやめておこうかなと思ったりしています。「日本に帰ったら買いたいリスト」はどんどん増える一方です。。。ちなみに写真のブルーベリー・マフィンは私が作った・・・といいたいところですが夫の手作りです。